タイで国民的人気を誇るアイドルグループBNK48の結成から大成功までを捉えたドキュメンタリー映画『GIRLS DON’T CRY』。このドキュメンタリー映画は、『アイドル』としての成功を目指す若者たちの長編インタビューを通し、組織と目標、チームの中での相反する競争と友情、自分が努力しても解決できない障壁等の人間と集団の本質に迫ろうとする映画として反響を呼んでいます。
2018年8月15日(翌16日の全国公開前日)、BNK48のパートナー企業のザ・モール・グループ(モール財閥)傘下の高級商業施設サイアム・パラゴン上階の5階にあるパラゴン・シネプレックスで、関係者を招待し『GIRLS DON’T CRY』のプレミア上映が行われました。
パラゴン・シネプレックスの通路にレッドカーペットを敷きつめ、ドレスアップしたメンバーがプレス会場まで練り歩くファッションショーを模したスタイルです。
このドレスアップした演出の意図とは、映画『GIRLS DON’T CRY』の実質的な“大円団”の表現と受け止めました。
ファッションショーを模した演出で表現されたのは、オーディション合格当時から初期にかけての『成功が見えない暗中模索の段階のメンバー達の素朴な外観と不安感』と、国民的大人気アイドルとなり、『自信に満ち豪華絢爛にドレスアップした現在の姿』の強烈なギャップの対比です。
この巨大なギャップを埋めた奇跡のプロセスとは一体何であったのか?そのプロセスを通じ、一人ひとりのメンバーは何を感じどのような葛藤があったのか?
奇跡のプロセスを観る、追体験するために、是非映画館に見てきてくださいというプロモーションでもあるのでしょう。
(あくまで推測ですが、このドレスアップしたスタイルのプレミアショーは、ファッション・アパレル、出版業界とタイアップした企画かもしれません。メンバーが着用したドレスやアクセサリーのブランドのキャプションが印刷されたカラー写真を満載した雑誌特集号が出版されるかもしれませんね。)
BNK48の出世作となった2ndシングル「恋するフォーチュンクッキー」では、1stシングルでは非選抜メンバーだったモバイルが、一気にセンターに抜擢されるシンデレラストーリーが大きな話題になりました。
モバイルと同い年のジップは、一度も選抜入りしたことがありません。
映画『GIRLS DON’T CRY』の予告編の冒頭では、ジップが、「恋するフォーチュンクッキー」の衣装を着て舞台上で踊る選抜メンバー達を、一人舞台裏から眺めている印象的なシーンが切り取られています。
このジップの表情と感情が表現するものが、ドキュメンタリー映画『GIRLS DON’T CRY』の重要な一端となっていくのだろうと印象づけるシーンです。
(TV報道が紹介した『GIRLS DON’T CRY』本編中では、3rdシングル「初日」の衣装を着たジップが、他に誰もいない会議室のような場所で、独り椅子に座ったまま取り残されているような印象的なシーンも紹介されていました。)
『GIRLS DON’T CRY』トレーラー冒頭で、ジップが一人舞台裏から選抜メンバー達を見つめるシーンで流れる音楽は、「恋するフォーチュンクッキー」からバックの楽器演奏を取ったボーカルのみのバージョン。
このジャパニーズフィリーソウルの傑作、BNK48の「恋するフォーチュンクッキー」アカペラ版を聴いて気付いたことがあります。
「恋するフォーチュンクッキー」って、センターのモバイルが歌唱に入る直前のイントロと、曲中繰り返される『イェーイ、イェーイ、イェー♪♪』のメンバーによる女声コーラスの各直前に、ペギー・マーチの「アイ・ウィル・フォロー・ヒム」(のイントロ)のドゥーワップ(1950年代に大流行した音楽スタイル)調男声コーラスがワンフレーズ引用されていますよね。
引用元(?)の「ドゥルっと♪、ドゥルっと♪、ドゥルっと♪、ドゥルるる♪♪」が、「恋するフォーチュンクッキー」では、「チュルっと♪、チュルっと♪、チュルっと、♪チュルるる♪♪」と、ラーメンになっていますけど、これはまぎれもなくドゥーワップ。
このアメリカンポップスのスタンダードナンバー「アイ・ウィル・フォロー・ヒム」からのドゥーワップコーラスの引用が、ジャパニーズフィリーソウル(フィラデルフィアソウルの略)の傑作「恋するフォーチュンクッキー」のブラック・ミュージック感やリズム&ブルース、女声コーラスグループ、ロックンロール等のアメリカ大衆音楽の継承の正統性の強調に寄与しているということです。
これは、私が感じるだけであって、他の方はそうは感じないかもしれません。
私は、浜田省吾さんの楽曲「パーキング・メーターに気を付けろ!」には、ルーベッツの「シュガー・ベイビー・ラブ」の引用が効果的に使われていると主張する派なんですが、そうは聞こえないと感じる方もいます。
洋楽スタンダードナンバーのフレーズを引用して、既視感、既聴感を演出し楽曲の印象を強化するのは、ポップスの編曲で一般的な方法です。「アイ・ウィル・フォロー・ヒム」も「シュガー・ベイビー・ラブ」もポピュラーな素材・具材というのが私の認識です。
「パーキング・メーターに気を付けろ!」は、ミスチル(Mr.Children)の桜井和寿さんが最も影響を受けたという浜田省吾さんのアルバム『PROMISEDLAND~約束の地』収録曲です。
浜田省吾さんは、シンガーソングライターのあいみょんや乃木坂46の衛藤美彩さんら“浜省チルドレン”の影響で、10代、20代にも知られるようになってきているようですね。
「パーキング・メーターに気を付けろ!」の歌詞の内容は、孤独な男が、つかのまの休日に独りで映画を観た後、街で好意を寄せている女性が別な男性と一緒に歩いているところに偶然遭遇し、発作的に彼女をナイフで殺傷してしまうというもの。
男は、パトカーのサイレンが鳴り響く夜の街を逃走し、走り疲れ、「誰か彼女を助けて!」、「俺を撃ち殺してくれ!」と叫ぶという演劇的な楽曲です。
タイのアイドルグループの話をしているのに、唐突になぜ浜省(浜田省吾さん)?なのでしょうか?
実は、『アメリカン・ポップスの達人』の話をしたかったんです。
いますよね。このカテゴリの達人の方々。
大滝詠一さんのナイアガラ系のレジェンド(山下達郎さん、伊藤銀次さん、佐野元春さん、杉真理さん)、トッド・ラングレン、エリック・カルメン、ニック・ロウ、ドゥワイト・トゥイリー・・・。
浜省こと浜田省吾さんは、アメリカのレジェンダリーなポップ・ロックバンド、ビーチ・ボーイズに大きな影響を受けた男声多声コーラスをフィーチャーしたポップロックバンド『愛奴』のドラマー/ボーカルでキャリアをスタートさせた、アメリカン・ポップスの達人なのです。
浜田省吾さんのアルバム中の楽曲には、ロックンロール、ドゥーワップ、ビーチボーイズスタイルのコーラス等の1950年代、60年代のアメリカンポップスのスタイルの楽曲(部分的なフレーズを含め)がかなりあります。
浜田省吾さんや竹内まりやさんは、単なる『おじさん、おばさんがカラオケで歌う不倫の歌、よろめき歌謡曲の元曲を歌っている人』ではなく(確かにその系統の曲にとても素晴らしい曲は多いのですが、そこだけに注目すると本質が見えなくなってしまいます。)、アメリカの伝統的な大衆商業音楽を日本にローカライズしたクオリティの高い大衆音楽を日本の音楽市場に提供してきたミュージシャンなのです。
BNK48は、J-POPのAKB48をタイにローカライズした企画です。なのに、J-POPではなくなぜアメリカが出てくるのかという疑問があるかと思います。
それは、20世紀以降の世界各地のポップス・大衆音楽、特に1960年代以降の音楽はほとんど、アメリカ(相互に影響を与えながら発展したイギリスを含む)の大衆音楽の影響を受け受容しながら発展したものだからです。
20世紀以降のポピュラー音楽の歴史は、世界中のポピュラー音楽のミュージシャンが、英米の大衆音楽を必死に研究してローカライズ(土着化)させてきた歴史です。
アメリカポピュラー音楽の基礎がしっかりしていると、上物がJ-POP、K-POP、タイポップ等なんであっても取り込んでミックスしてキメラ音楽/ハイブリッド音楽として成立させ演奏できる可能性が高まります。
そのようなことを、BNK48のタイ音楽ディレクターの肩書で仕事をし、メンバーから、『校長先生』と呼ばれリスペクトされているAeh(エー)さんのBNK48「次のSeason」のカバーを聞いて感じました。
Aeh(エー)さん(プロジェクトの屋号はAehsyndrom)、La-Ong-Fong(ラ・オン・フォン)のメンバーとして名前が知られているミュージシャンです。
日本でいえば、オリジナル・ラブやピチカート・ファイブのようなシティ・ポップ、渋谷系の系統の人と思いがちでしたが、アメリカン・ポップスの手練れの職人さんですね。
余談ですけど、ビクターから出ている『シング・シング・シング~昭和のジャズ・ソング名唱選』という第二次世界大戦前と戦後の日本のジャズソング(当時、北米・南米の様々なジャンルの大衆音楽を取り入れた日本の大衆音楽は全てジャズ・ソングと呼ばれた)を聞いているんですけど、最高ですね。
J-POP、J-ロックの歴史は、はっぴいえんど史観とゴダイゴ(Godiego)史観どちらが正しいかという後世の議論等全て吹っ飛んでしまう最高のロックンロールです。
ヘレン隅田さんも豊島珠江さんも小林千代子さんも最高!。
◇BNK48 「GIRLS DON’T CRY Official Trailer (Cinema Ver.) 」
◇ペギー・マーチ(Peggy March) 「アイ・ウィル・フォロー・ヒム(50周年記念録音バージョン)」(「I Will Follow Him (50th Anniversary Recording)」)
◇「ฤดูใหม่ (次のSeason)」Cover By Aehsyndrome(エーシンドローム)
BNK48のタイ音楽ディレクター/ヘッドマスター(校長先生?)の肩書を持つ。
◇BNK48 รุ่น2 โชว์ร้องสดเพลง(BNK48 2nd ジェネレーション) 「ฤดูใหม่ Tsugino Season(次のSeason)」
エー(Aeh)校長先生の教え子、BNK48二期生達。
◇ 東京国際映画祭TIFF2018『BNK48:Girls Don’t Cry』レビュー(1)
◇ 東京国際映画祭TIFF2018『BNK48:Girls Don’t Cry』レビュー(2)
◇ 『BNK48:Girls Don’t Cry』トレーラー